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特集記事 江戸川をつくる人 第7回 山田や酒店/The East End Galleryオーナー山田秀寿さん

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   ―「瓦の修理が始まり、そこからパーッと開けた」 築91年の蔵 「The East End Gallery」― 

  江戸川をつくる人第7回は、1934(昭和9)年創業、築91年の時を重ねた蔵を守り続けている「山田や酒店」3代目店主の山田秀寿さんを訪ねる。酒販店舗の裏にひっそりと年輪を重ねて存在し続けるこの蔵は、2024年にアートスペースとしての活用を開始。その名を「The East End Gallery」とし、自身がアーティストでもある山田さんが国内外のアーティストらを招致して企画展を開いている。2002(平成14)年には、併設「Bar Stand Pub Naru」も営業開始。近隣住民らの憩いの場として利用されているほか、国内外からの新しい客を迎えながら人々の出会いや新たな文化が交錯する場となっている。

―これまでも、江戸川経済新聞のニュースで度々取材させていただいた山田やさん。改めて、ギャラリーを開こうと思ったきっかけのお話や、これからの展望をお聞かせいただけますか。

「ありがとうございます。そうですね、蔵はもう手入れする前は物置状態でしたからとても人を呼ぶなどできない空間でした。外猫たちが子猫を産んでしまうとか(笑)そんな場所でしたね。でも、戦前からひっそり酒屋の裏にたたずむこの蔵を、いつか何かに活用できるのではとおぼろげに考えるようになりました。2002年以降のことだったと思います」

 ―なるほど。私が訪れたときはもうギャラリーとして開いていましたから、木造の年輪と呼吸が重なるような空間に、いろいろな作品がマッチする印象なのですが…。

 「どうにか整理整頓から始めよう、と動き始めたのが2007(平成19)年ごろのことです。少しずつ不要なものを捨て始めて、まだはっきりとは見えないけれど将来的にこの場が何か役に立つ場所になるかもとぼんやり思い始めながら手を動かしていました」

 ―山田さんは、酒屋で生まれ育ち、自身も絵画やグラフィックアートを手がける作家なのですよね。蔵の活用に向けては、こうした経験がエッセンスになっているのでしょうか。

「1990年代前半から平面作品の制作を手がけ、1999(平成11)年にはロンドン・イーストエンドでフリーランスアーティストとして活動していました。カルチャー誌「DAZED & CONFUSED」のアートディレクターとの出会いから、ロンドンファッションウイークのグラフィック制作にも携わったこともあります。ロンドンへの本格移住前はバックパッカーとしてアジアから陸路でロンドンに渡って、さまざまな景色や音楽にも触れあいました。ロンドンでの生活を終え、日本に戻ってからの作家活動の中で、浅草にある『ギャラリーエフ』との出合いがありました」

―ギャラリーエフ(台東区寿)は、現在の地に移転する前(雷門郵便局前)に『1868年に建てられた土蔵』を守るアート活用されていたのですよね。

(同ギャラリーで写真展を開いた、メルボルン在住アーティスト「リチャード・バイヤーズさんが作成した『ギャラリーエフ』の土蔵)

「そうです。2階建ての土蔵で、1階も2階も漆で設えた床があったのですが、それぞれ一階が黒漆、二階が朱色になっていて、対比が印象的なすてきな空間で、さまざまなアート作品の展示や、ミュージシャンの演奏会などが開かれていました。2022年春、再開発などの影響で解体されましたが、将来的に調布の深大寺に移築が決定しています」

―エフさんの土蔵の歴史はもっと古いですが、蔵がギャラリーという点は今の山田やさんと近いものがありますよね。

「そうなんです。私自身、ギャラリーエフでは数回展示をさせていただきました。この場所との出合い、人々との出会いが私の今の活動に大きな影響を与えてくれています。エフの土蔵と触れ合っていく中で、自分も実家の蔵をアートスペースとして活用できるのではと現実的に考えるようになりました。家族経営であること、カフェと蔵が併設していることなどモデルになる部分が多かったですね。何より人が集まってくる、そのことにとても魅力を感じました」

―「人が集まること」には、どのような意義があると感じますか。

「小岩も、歴史は古いですが街の再開発も進んでいます。利便性や安全性が上がることはもちろんありがたいのですが、個人商店が減り、だんだんと商店街も活力がなくなっていく様子を見ていて、『人々の生活・文化活動が活性化しないと街は元気にならない』と思うようになりました。気軽に人が集まる場所、そこから何か生み出せる場所。生き生きと自分を表現できる場所…。個人店の存在意義は、人が集まることにあるのかなと感じます。自分の店が今残っていることも珍しいことかもしれないので、何か生活や文化の拠点として役に立てないかと考えています。価格競争では大手には勝てませんから(笑)」

―「蔵を開こう」という意識が明確に芽生え始めたのはいつ頃ですか。

「作家活動をしながら、バー営業の手伝いもしていたのですが、2018(平成30)年ごろから毎日少しずつ、蔵の掃除や整理をすることを日課としていました。どんなに忙しくても、皿3枚でも片付けようとか。そういったルーティンで動いていました。2019(平成31)年に、屋根瓦の修理をしました。不思議なことに、そこからパーッと開けた気がします。ここがギャラリーとなって人が集まる動線が見えました。掃除や整理をして気の流れも変わったのかもしれません」

―どんなに忙しくても、絶対に蔵の整理を欠かさず続けていたのですね。外壁や屋根瓦の修理が終わって、初めて開いた展示は山田さんの作品でしたね。

「はい、まず試験的に自分のシルクスクリーンや平面作品を展示してみようと思いました。はだか電球一つと、ピクチャーレールを通したくらいでしたが『これはいけるぞ』と手応えを感じました。以来、今まで出会うことがなかったような人々が訪れたり、東京新聞で取り上げてもらったり、すごく流れが変わった気がします。蔵へのギャラリー開設前は、バースペースの整理も自分でコツコツやっていたのですが、空間が整うと突然若いカップルが来店し始めたり。明らかな変化を実感しましたね。いつか、さまざまなアーティストを呼んで、企画展を開きたいと色々思い浮かぶようになりました」

―すごいですね。まさに「人が集まる場所」」になってきているということですね。これまで10回以上の展示会を開催していますが、今後の展望などをお聞かせいただけますか。

「自分の店が残り、人が集まる拠点となることで、地域に暮らす人々の自由な生活、自由な発想が残ってもらえたらうれしいです。アートには人をつなげる力があると思います。この蔵は、興味を持って、大切にしたいと思ってくれる人がいるとしたらどんどん関わってもらえたらとも考えています。コツコツ制作活動している人や、魅力的なビジョンを持っている人や、夢や希望を持つ若い人など…一人で蔵を握りしめているつもりはないので、積極的に関わってくれる人とも出会っていけたら。展示の面では、ニューヨークやメルボルンから来日したアーティストの展示を予定していますが、海外アーティストもより継続して招致できたらと思います。すてきな音楽や身体表現、人々の記憶に残るような、心に刺さるようなアートを発信していけたらいいですね」

 ―ギャラリーの名前「The East End Gallery」は、ロンドンでの生活から思いついたフレーズですか。

「はい、私が滞在していたロンドンのイーストエンドはかつて労働者の住む地域でした。現在も、パブやGallery、クラブなども多くて、アーティストも多く住んでいてクリエイティブなスピリッツが溢れていました。そのイースト・ロンドンのスピリッツに深く影響を受けたのでギャラリーの名前にしました」

―ありがとうございます。江戸川区の「東の果て」小岩に、こういうすてきな場所があるんだよということを一人でも多くの人に知ってもらいたいです。周りにいい連鎖が生まれたら、こんなうれしいことはないですよね。

「文化・アート活動ができる場があることで、じわじわと小岩も連鎖して変わっていくのではと希望を持っています。街が活性化する糸口の一つにこの蔵がなれれば。近くには河川敷があったり、公園があったり、意外と空が広くて緑や色彩を感じられる場所です。都会とはまた違った、ホッと自然回帰できるような、街の魅力を再発見できる場所にもなれればいいですね」

―国内外から人が集まり、日に日に活気づくこの蔵を、この先もどうにか存続させていきたいですよね。山田さん、貴重なお話をありがとうございました。

The East End Gallery/山田や酒店 / STAND PUB NARU
住所 江戸川区東小岩5-20-5     13:00  18:00木曜定休(休館)
インスタグラム(The East End Gallery/Stand Pub Naru)
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