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江戸川をつくる人 第6回  「読売プレスサービス」 社長 菊池将太さん

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 江戸川をつくる人第6回は、1952(昭和27)年に小岩で読売新聞の専売店として開業し今年で74年。曽祖父からのバトンをつなぎ、活字文化・新聞文化・新聞配達を通した地域密着事業の継承に貢献し続ける読売プレスサービスの菊池将太さんを訪ねた。

                        

 同社は江戸川経済新聞と業務提携し、毎月20日に新聞に折り込むフリーペーパー「えどナビ」に地元のハッピーニュースを転載している。SNSやAIなど、画面を通した情報があふれる現代に、見直されつつある活字文化や紙媒体の大切さ。家業として小さな頃から新聞に触れてきた菊池さんの目から見た「地域とメディア」とは。 

 ―菊池さんの営む「読売・日経センター東小岩と読売プレスサービス」は、戦後すぐから小岩で事業を営んでいたのですね。

 「はい。私の曽祖父が初代、そこから祖父、父、私で4代目になりました。曽祖父が立ち上げた会社を、やり手だった祖父がさらに事業拡大していったと聞いています。その頃は今より多くの世帯が新聞を取っていた時代でした。地域特性もありますが、東エリアだと読売新聞の契約世帯は非常に多かったです。」

 ―朝夕刊含めて、各家庭が何らかの新聞を取っていた時代ですよね。テレビと合わせてトップレベルの情報伝達力だったのかなと思います。

「そうですね、新聞は『テーブルメディア』と言って保存ができる媒体です。印刷したものが、玄関を通って茶の間に届くといった意味からこの言葉が付いたのですが、家族で読み回したり、大切な記事を保存したり、後で読むから取っておいて、といったこともできます。何度も読み直したり、手元に残したりできることが紙媒体の特性なのかなと感じますね」

 ―思い返すと、新聞は家族の中のワンシーンの風景に溶け込んでいたような気がします。

「祖父の代、昭和中期~後期は特に全盛期で、私たちが手がけていた事業所も関東エリアで32店舗ありました。祖父は一気にこの時期に事業を拡大したと聞きました」

 ―それだけ多くの家庭で新聞が読まれていたということですよね。菊池さんは、学生の頃から「いつか新聞の仕事に就きたい・家業を継承したい」という思いがあったのですか。

「正直、なかったです。時は流れて、私が学生の頃『Windows95』が台頭し始めました。インターネットとパソコンが一般家庭に急速に普及する流れを見ていて、『これはやばい』と感じました。新聞のメディアとしての価値が失速すると懸念したのです。家業を含めた新聞業界を取り巻く環境は厳しくなると考えていました。なので、2005(平成17)年に広告会社へ就職してアドマンとして広告の営業・開発に携わっていました。この時点でも、家業を継承したいという気持ちは、まだなかったですね」

 ―それが、12年の時を経て2017(平成29)年、家業である読売プレスサービスに社員として入社することになったと。どういった心境の変化があったのでしょうか。

「父の病気が発覚し、今後の事業について相談がありました。もしかしたら家業がなくなってしまうかもしれないという危機感を初めて持ったのです。父の代でなくなってしまうより、自分が継いで、自分の手でなくした方がいいかもしれないという気持ちが芽生えました」

  

―菊池さんはやはり、新聞という媒体業の中で培った感性というかとても現実的で冷静な判断をされますよね。ここから家業継承を見据えた勉強が始まったのでしょうか。

「はい、新聞業界は修業を積まないといけません。まずは社員として父の会社へ入社し、現場の仕事を経験しました。半年間、金町の販売所で勤務し、配達や営業などを経験しました。将来的に所長になることを見据えた入社だったので、読売新聞内の養成所にも通い、所長業についての勉強もしました。金町から戻ってからは激動の1年でした。2019年12月に父が亡くなりました。そこで所長に就任したのです」

                  「座右の銘は『Stay Gold』と話す菊池さんは、1981(昭和56)年生まれ。千葉県市川市出身」

 ―お父さまは、菊池さんが継いでくれることが分かり、きっと安心されたでしょうね。家業継承の大切なお話をしてくださりありがとうございます。菊池さんが手がける事業が始まったと思いますが、何か独自の取り組みなどはありますか。

「フリーペーパー『えどナビ』を作り始めました。とは言え、すんなりスタートできたわけではありません。きっかけは、自分が営業で回っていた時に出会った一人のおばあちゃん。震災を機に、福島から出てきたその方は『新聞が配達されてきてもあまり読む気がしない。大きなニュースは掲載されているけれど、福島にいたときに読んでいたような地元のニュース、例えばお悔やみ欄もない。東京に居ても地域や地元に根差した情報が欲しいし読みたい』とおっしゃっていたのです」

―確かに、その土地の情報は地域の方が一番関心を持つところですよね。私たちの媒体にも通じる話なので、非常に共感できます。

「そうなんですよね、なので江戸川経済新聞が立ち上がった時から、いつか一緒に何かできたらとは考えていました。この『えどナビ』ができる前に、読売新聞の紙面にもっと各地域の情報を増やせないかと江東支局や東都読売に相談しに行きました。しかし、やはり業務量やいろいろなことがあって実現は難しく…それなら自分で作ってしまおうと思い、折り込みのフリーペーパーを作ってみたのです」

 ―これが「えどナビ」のスタートなのですね。自分で作ってしまうエネルギーがすごいです。

「2019年4月初版から1年間は主に地元商店の広告掲載でした。しかし、コロナ禍で訪問営業や広告を集めることが難しくなり、もっと本気で考えて方向性を変えてみようと思いました。ふと、事業所の近くにある『柴又街道と蔵前橋街道の交差点はなぜ丘状なのか』と目が留まりました」

 (発行当初の「えどナビ」。反響が大きかった「小岩陸橋」や「小岩ベニスマーケット」など、地元の豆知識を掲載していた)

 ―小岩に唯一ある「坂」ですよね。こういうことって多くの人が何となく気になっていても、理由まで分からないのがほとんどですよね。

「江戸川区に問い合わせて、自分で資料を集めて、昔は下に線路があることが分かりました。この小岩陸橋について掲載したところ、多くの反響があり、『みんなが欲しいのはこういう情報だ』とピンときましたね。その後も、父の遺品写真の中から『小岩ベニスマーケット』の様子が出てきて、これも区から資料を取り寄せて記事にしました。同様に大きい反響を受けました」

 ―それが現在、江戸川経済新聞の記事を毎月転載いただく形になりましたね。声をかけていただいたきっかけは?

 「コロナ禍が明けて、業務量や業務そのものに変化がありました。一言でいうと、やはり忙しくなってしまい、思うように記事が書けなくなっていたのです。そんな時に江戸川経済新聞の存在を知って、地元の情報を『えどナビ』に載せていけたら喜ばれるのではと感じました」

           (2024年12月から、江戸川経済新聞との提携が始まった「えどナビ」。資料は2025年1月20日発行分)

 ―ありがとうございます。カラーで欲しいといった要望やさまざまな反響があったそうで、うれしいです。紙媒体で欲しいとおっしゃる読者の方は多くいらっしゃいます。菊池さんは今後、この地域で新聞や紙媒体をどう継承したいとお考えですか。

「国内・海外でも、SNSや生成AIを駆使したフェイクニュースが氾濫しています。私たちは『オールドメディア』ではなく『オーセンティックメディア』としての自覚を持ち、正確に、文字と紙で情報をこれからも伝えていきたいです。先日、江戸川区教育委員会と協力して、区内学生向けに新聞読書感想文コンクールも開催しました。初めての取り組みでしたが、反響が大きく、これからも続けていきたいです。教育現場、学校の先生たちにも新聞に親しんでいただき、新聞の良さや、活字を読むこと、自らが字を書くことの大切さを、少しでも多くの人に知ってもらえたらうれしいです。近隣学校にもたまに寄らせていただき、様子を伺ったり話をしたりしています」

   

―読書感想文のコンクールの実施、表彰式での話を伺い大変素晴らしい取り組みだなと感動していました。学生さんたちが、新聞記事をどう捉えて、どう感想を書くのか。これから先も興味深いです。今回は、菊池さんの目から見た「活字文化・紙媒体」の大切さを教えていただき、ありがとうございました。引き続き、地域の方に「ハッピーニュース」をお届けできるよう協力していけたらうれしいです。

                  

株式会社読売プレスサービス/読売・日経センター東小岩

住所 江戸川区北小岩1-3-6

TEL/FAX 03-3658-1191 / 03-3671-5822

事業内容 新聞販売送達業・折込広告代理業・小売業

主力商品 読売新聞・日本経済新聞・産経新聞

 

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